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真景累ヶ淵(しんけい・かさねがふち) 「豊志賀の死」

落語の演目というのは、全てがオチのある滑稽な内容という訳ではなく、オチのある「滑稽噺(はなし)」の他に、「人情噺」「芝居噺」「怪談噺」などがあります。

芝居噺は歌舞伎を取り入れ、歌舞伎役者の声色(こわいろ:今でいう物真似ですね)や大道具を入れたり、怪談噺も照明や音楽が加わり、芝居の様な仕立てになります。これを「道具噺」ともいうそうです。

一方、内容は怪談的なものでも、普通の噺と同様、扇子一本と手ぬぐいだけでストーリーを語り続けるというスタイルは「素噺」と分類されます。

怪談噺じゃないんだよね、と安心もしていられず、やはり怖いものは怖いです。

「真景累ヶ淵」は明治の落語家、三遊亭圓朝による創作落語で、圓朝の処女作と言われています。

最初は「道具噺」として演じられ、その後「素噺」となって演じられるだそうですが、古今亭志ん朝の名演が聞けるのは、第3章に位置付けられる「豊志賀 (とよしが)の死」。

この前段となる、「宗悦殺し」「深見新五郎」は、六代目三遊亭圓生の名演でCDから聞けるのですが、この圓生の録音を聴くまで、志ん朝の「豊志賀の死」だけを何回も聞いていました。

遠大なドラマの一部の章なのですが、志ん朝の名演はこの部分だけ聞いても十分に楽しめます。

とは言え、前段の噺にも興味が湧いて圓生のCDも聞いてみたのですが、こちらも流石に名人の噺。

客席の反応が聞こえないスタジオ録音でも十分に堪能できました。

そこでふと考えたのですが、志ん朝がこの章しか演じないのは、志ん朝なりの考えかなぁ、と。

つまりこの章には、明らかな人殺しの場面がありません。 豊志賀は死にますし、その死に方も酷いものなのですが、人に殺される場面が無い。 またこの章の後段となると、「お久殺し」となって、また人殺しの場面が出てくる。 「豊志賀の死」だけは血生臭が無いんですね。

一方この「豊志賀の死」 は、男嫌いなはずの豊志賀が、様々な経緯から若い男と深い男女の仲に陥り、嫉妬と憎悪の中で自滅していくというシナリオの中で、男女の仲に至る恥じらい、嫉妬、豊志賀の弟子になっている長屋連中の様子、お久の登場、等々、実に多彩な登場人物のきめ細かい描写がドラマを進めていきます。

これはもう志ん朝の真骨頂なんですね。 怖い話なのですが、客席の笑いも実にバランスよく入ってきます。

そして、豊志賀は39歳という想定。 こういう中年女性を演じたら、志ん朝はまたピカイチです。


【真景累ヶ淵 概要】ウィキペディアより:

旗本が金貸しの鍼医皆川宗悦を切り殺したことを発端に両者の子孫が次々と不幸に陥っていく話(前半部分)と、名主の妻への横恋慕を発端とする敵討ちの話(後半部分)を組み合わせている。全97章から成る。1859年(安政6年)の作。当初の演目は「累ヶ淵後日の怪談」。1887年(明治20年)から1888年(明治21年)にかけて、小相英太郎による速記録がやまと新聞に掲載。1888年に単行本が出版された。
 
「累ヶ淵」の累(かさね)の物語をヒントにした創作で、「真景」は当時の流行語だった「神経」のもじり(漢学者の信夫恕軒が発案者)。前半部分は特に傑作と言われ、抜き読みの形で発端部の「宗悦殺し」・新吉と稽古屋の女師匠との悲恋「豊志賀の死」のくだりなどが現在もしばしば高座にかけられている。6代目三遊亭圓生、林家彦六、3代目古今亭志ん朝が得意とし、歌舞伎化や映画化されている。 なお、芝居噺の「累草子」は本作の原話と言われ、林家正雀、2代目露の五郎兵衛によって演じられている。

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