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品川心中

ひどい話です。

最盛期を過ぎた遊郭の花魁(おいらん)が、着物の移り替え(季節の変わり目に、夏物冬物を入れ替えること)の時に行うイベントがご贔屓の旦那衆がいないために、すなわちスポンサーがいないために出来ないことを恥じて自殺を図る。

しかし、どこまでも見栄っ張りのこの花魁は一人で死んだんじゃ格好がつかない、ってんでお得意のなかから一緒に死んでくれる人、すなわち心中の相手を探すのだ。

この身勝手な花魁を、志ん朝が見事に演じている。

志ん朝の演じる花魁はいつも明るく、能天気で、自分中心、ビジネス中心、世の中を馬鹿にしている、というイメージが付きまとう。

 まぁ、そもそも花魁ってのはそんな気質でないとやっていけない、明るさを逞しさを持っている人種で、それを志ん朝が見事にデフォルメしているのかもしれません。

「お見立て」「お茶汲み」「お直し」などの演目で演じられる花魁には、そんな共通点を感じます。

心中の相手を顧客名簿から選ぶ花魁・・・

「ねぇ~、こうやってみると、なかなかいないもんだねぇ~。普段、こんなの死んでもいいと思うのがいくらもいたと思ったんだけどさぁ。 (中略) あら!いたよ。 中橋から通ってる本屋の金蔵っての。

これいいよぉ。身寄り頼りは何にもない一人ぼっちだし、人間は少しボッとしているし・・・」と、自分勝手に相手を決め、挙句の果ては、「こんな者殺したからって、日本の国がどうなるってものじゃないんだから~」とくる。

選ばれた方はたまらない。

こんな人の生き死にを、遊郭の花魁がまるで神様のように弄(もてあそ)んでいるという非現実的な展開が、落語にのみ許される筋書なのでしょうね。

 演題かさ察すると心中の場でオチがあるのかと思いきや、心中を逃れた金蔵が親方の所で転がり込んだ時のドタバタで終わるという形。

当の花魁は急に見つけたスポンサーの旦那とお座敷を一緒にしている時に、この金蔵の滑稽な顛末で締めくくる、正に馬鹿馬鹿しいお話なのだと思います。

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